リストラ、50代の就活、派遣切り、そして現在パートさん・・・この先どうなるのか?賢い患者になるよ!生きてるだけで丸儲け!!
記事編集
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
記事編集
母の妹が肺がんの手術をし、抗がん剤治療に入った。
兄の時も叔母さんの時も、離れているので私は実際のところ抗がん剤を点滴してる
ところは見た事が無い。

兄の時は今から18年前の事で、お見舞いに行った時は口内炎で食べ物が喉を通ら
ないという時だった。

そんな知識も全くない私がお見舞いに持って行ったのは、横浜のシュウマイとパンプ
キンプリンだった。
なんて酷い見舞客だった事だろう。
こんな身内じゃ兄も情けなかっただろうなと思う。


乳がん患者となっても経口抗がん剤しか経験していない私は、血管痛も知らない。
ホルモン治療での副作用はたくさん経験しているが、抗がん剤の副作用と言えば最初
に処方されたフルツロンで3週間過ぎて出た吐き気だけだった。

これもお薬をUFTに変更する事で全くなくなった。
倦怠感はずっとあったが、何かしらの癌治療中の身ではこんなもんだろうと思って
いた。

倦怠感は同じ18年前子宮筋腫の手術後に飲んでいたお薬で、肝臓値がかなり悪く
なった時も同じように経験していた。
この時はドクターストップが掛かったが、もう少しで治療が終わるから頑張ると言い
最後まで続けた。

痛みに関しては、私は子供の頃から原因不明の関節痛で20年間苦しんできた。
鎮痛剤とはお友達で、風邪薬と鎮痛剤を一緒に飲んだりは普通にしていた。
そんな経験もあり、形成外科医が「痛みに強い人だ」というくらい我慢強いし、普通
より痛がらない方だと思う。


そんな私が緩和ケアと関わりがあったかというと、漢方薬の処方でお世話になってい
る内科医(麻酔科医)との関わりだけかも知れない。
不定愁訴をじっくり聞いてくれる先生だから、心おきなく何でも話した。
精神的なケアもここでしてたようなものだ。ある意味心療内科医でもあったかな。


話は飛んだが、叔母さんは本州の娘の元で手術をした。
少々ボケが入ってきた伯父さん共々一時娘の元にいたのだが、伯父さんも母と一緒
で都会の暮らしに馴染めず1人田舎に戻って来てしまったのだ。

叔母さんは伯父さんを1人残すのが心配で、田舎に戻り抗がん剤治療をするつもり
だった。
手術をした病院でも抗がん剤治療は田舎でも大丈夫という話だったそうだ。
しかし田舎の病院では抗がん剤の扱いに慣れた医師がいなかったため断られ、結局
函館の病院に入院して抗がん剤治療を始めた。

娘は本州で家族も有り、北海道には付いて来れない。
そこで姉が病院に通っているらしい。
姉も私と同様、私以上に癌治療や副作用に詳しくない。
話を聞いても「抗がん剤を点滴でやるんだって」なんて事を言ってる。

身近で看ている人じゃないと、身内でも分からないものかもしれない。
いや、家族でも抗がん剤治療がどのように行われるかなんて、さほど知らないだろう。
TVで癌治療の事やっても、抗がん剤より手術、放射線治療に焦点を合わせている。

私も抗がん剤の名前は聞いた事あっても、どんなタイミングで、どんな副作用が出て
どうチェンジしていくのか知らない。

少し勉強してみようと思った。



市民公開講座より 「緩和ケア」について
             講師:北田正博先生 旭川医大 循環・呼吸・腫瘍病態外科
                           平成20年 呼吸器センター准教授


緩和ケアについては今迄何度か記事にしているので、あまりメモは取っていない。

昔は緩和ケアを始めると患者は 希望→絶望へ 自信→不安 と変わっていたが。。
今は包括的癌治療に変わっている。
緩和ケアを始めるタイミングは辛さ、患者の希望、また抗がん剤治療と同時に始める
というお話だった。

私は癌患者となった時から始めるものだと理解している。
何故なら大多数の患者は、癌告知を受けた時から精神的に病んでいると思うから。

旭川医大では乳腺とまだ上手くかみ合っていないから、これからチームを作って・・・
そうか・・・まだそんな段階なんだ・・・・北海道って。


そう言えば義兄が○大の耳鼻咽喉科で手術をした時、脳にも掛かっていた腫瘍をとる
ために脳神経外科の先生に途中から手術に加わってもらった。

これは耳鼻科の先生だけでは脳の腫瘍は取れないため残す事になりそうだったのを、
脳外の先生に話してもらい診療科の隔たりを無くして手術をしてもらう事はできな
いかと、義兄が掛けあったからだ。

事前に脳外の診察を受け脳外の先生は「これは取れるよ」と言っていたのだから、私
はてっきり初めからそんな話かと思っていたら、意外とそうじゃないんだね。
結果的に両方の先生が一度の手術で取ってくれた。

術後の経過も良く、耳鼻科の先生から学会でこの症例を発表したいのでと、承諾を貰う
お話があったそうだ。

お医者さん同士って、気兼ねがあるんですかね?プライド?
時間を取って自分の手術を助けてもらうのって、言い出しにくい事なのかな?

今回はどちらの医師も患者の為に動いて下さったので、義兄はラッキーだったし義兄
が諦めず先生に頼んだから、この結果が生まれたんだと思う。
チーム医療って、こんなところも大切だと思う。

垣根は作らないで欲しい。


これで次の患者さんも同じように手術してもらえるルートができたかも。




「再発後をどう生きたらいいの?」
講師:大村東生 先生 札医大乳腺・甲状腺チームリーダー

ちょっと哲学的なお話になりましたので、これはそれぞれが考える事という感じかな。

先生が仰ってたのは『意欲を持つ事がフォローになる』 『自分らしく生きる』
自分らしく生きるってどういう事だろう?自分らしいって・・・・・

難しいですね。
私は未だに自分という人間がどんな人間か理解できてない。
日々考えが変わったりするから、自分でもどんな性格か分からなくなる事がある。
我慢強いのに短気って。。。。あり? 



前回の記事で紹介したHP 『緩和ケア医のらくがき帳』 、これから紹介するマニュアル、
これを紹介したくて今回の市民公開講座の記事を更新してきたようなものです。

平方 眞 先生は現在愛和病院副院長(長野市)でいらっしゃいます。
リンクの許可をいただくため、お願いと記事の感想を書いてメールしました。



【ガーネット】
ここから感想です。(^-^)
「がんの症状コントロール」のまとめに書かれていた事、この様な考えで治療して下
さるお医者さんが増える事を心から希望致します。
癌治療の副作用、痛みはもう患者が我慢する時代ではないと言う事を、患者自身に
も知って欲しいです。

その為にも患者も自分の症状を上手に医師に伝える事が大切だと感じます。
とても分かりやすい説明、先生が仰ってた難しい医療専門用語では患者が理解でき
ない、全くその通りです。

臨床の場で先生が経験された患者の様々な症状、治療は、進行がんと闘っている患
者には大変参考になるし、皆さん気に掛かっているし、知りたいと思っている事だと思
いました。

緩和ケアは末期癌患者だからじゃなく、癌患者となった時から始まるものですよね。
私も勉強しながらブログ友にもお知らせしたいと思います。
このHPを知った事を大変嬉しく思いました。


【平方先生より】
特に乳がんを持っている人は、治療成績が向上してきてがんと一緒に生きる時間が長
くなってきている分、治療に伴う「生きる困難さ」も増えてきていますよね。

薬が違えば副作用も違うし、人によっても副作用が違うし、でも副作用の辛さを楽にする
薬も結構見つかってきているので、楽に治療が続けられるような医療は、できるだけ多く
の人が知ってほしいなと思います。
最近は化学療法をする医師や看護師や薬剤師も、そのあたりを熱心に勉強する人が増
えてきた気がします。

化学療法の薬もものすごい勢いで増えてきているので、勉強することがたくさんあり
すぎて大変だろうなと思いますが。

緩和ケアは「がんになったときから始まる」というのは、私が話をするときには必ず
言っていることです。
「治らない状態になった人や、治療の手段がなくなった人におこなわれるのが緩和ケア」
というのは、古い定義に基づくものであって、その狭い定義はなるべく早く世の中から
消し去りたいというのも、しょっちゅう言っています。



≪緩和ケアの基礎≫で書かれていました。

緩和ケアの基礎は、何といっても疼痛コントロールです。
これができないことには、他の緩和ケアの要素も十分に生きてきません。

がんの疼痛コントロールの基本はWHO(世界保健機関)が提示した「3段階ラダー」です。
現在では1987年に提唱された基本にかなりの工夫が加えられ、様々な症状に対応できる
ようになっています。

詳しくは、「がん緩和ケアに関するマニュアル
(がん末期医療に関するケアのマニュアル改訂第2版)」(厚生労働省・日本医師会)
を見てください。


私の働いていた諏訪中央病院では、独自の緩和ケアマニュアルを作って、毎年1回以上
医局の勉強会(若手医師を中心に多くの医師が参加)で勉強しています。
そのマニュアルをここに載せておきます。PDFファイルで別ウインドウで開きます。

使いたい方はご自由に印刷して使ってください。
個人でまとめたものなので、全てが正しいなんて思っていませんが、800人以上の方を
真剣に看取ってきた経験が生かされているとは思います。
もし間違いを見つけたら教えてください。


これを踏まえてがん症状のコントロールについて、もっと知りたい勉強したいと思う
方はご覧下さい。
ご自分の使っている治療薬で、今の自分の状態をある程度客観的に知る事になります。


がんの症状コントロールマニュアル(平成20年11月版)


私がメモることは・・・・


投与の基本原則
最も重要なのは、モルヒネの血中濃度が常にその人の有効域にあるようにすること
である。
そのため、時間を決めて一定時間毎に使用するようにし、頓用を基本にはしない。
癌で痛みがある場合は基本的には常に痛みがあるので、「痛くなったら使う」とい
う方法は不適切である。


投与方法の変更(量は3 ページ左下換算表を参照)
経口投与が困難または不可能の場合、塩酸モルヒネ坐薬(アンペック坐薬)を、
8時間毎に1 日3 回投与する。
アンペック坐薬1個では多い場合、坐薬をパッケージごと横に半分にはさみで切って
投与できる(縦割りにしようとすると粉々に割れる。
残りの半分は必ず薬局に戻す)。

坐薬も不可能な場合には持続注射(皮下注、静注)とする。
血中濃度の安定のためには、1 日数回皮下注などではうまく行かず、ポンプを用いた
持続注射が必須である。
(中略)
末期になっても痛みは消えないので、最期まで投与を持続しないと「痛みに叩き起こ
される状態」になる。
「のめないから中止」は最も不適切な対応である。
そのためには、現在の方法で投与を続けられなくなったらどうするかをあらかじめ考
えておく必要がある。


副作用対策で書かれていた便秘について

基本常識として、モルヒネ等のオピオイドを開始するときに次の2薬は必ず併用する
習慣を身につけたい。

便秘に→ プルゼニド2T 1x眠前
吐き気に→ノバミン 3T 3x(2 週)

(中略)
元々便秘がちの人には、下剤を多めに使う。
モルヒネを使っていて一旦便秘になると、通常の便秘に対する処置では対処できない
ことも多く、一時的にモルヒネの投与を中止しなければならなくなる。
多めに下剤を用いておいて、下痢気味なら減らしていく方が、排便コントロールはしや
すい。
便秘でどうしようもなくなった時には、デュロテップMT パッチに変更すると痛みを我慢
させずに便秘を解消できることがある。


痛み以外の症状への対応で書かれていた事

進行がん以降で比較的多くて見逃されやすいのが、高カルシウム血症であり、ゾメタ
がよく効く。
がんの進行によって体力が低下し、それによって食事量が減少しているのは、自然な
ことである。
たとえば老衰で命が終わりそうな人は、ほとんど何も口にしなくても静かに苦痛なく
過ごすことができる。

それを自然なこととして見ていられないのは、がんの場合は老衰より遙かに早くその
事態が訪れるためである。
家族は「なるべくたくさん食べて、元気になって」と言っても、患者さんの身体がそ
れを受け止められない時には、食べることを勧められるのは苦痛でしかない。
しかし家族に遠慮して、我慢しながら食べている人も多い。

がんが進行してきて食事量が少なくなってきた時の適量は、「食べたいと思うものを
おいしいと思える量だけ食べる」ことで、たくさん食べればそれだけ栄養になるわけ
ではないことを、本人も家族も理解しておく必要がある。

受け止められる以上の栄養分や水分を無理矢理身体に詰め込むと、逆に身体の負担が
増すことは、皆が認識しておいた方がよいと考える。



患者家族にも参考になるマニュアルでした。
私も抗がん剤治療中の叔母さんに何かしら助言できればと思っています。


最後に平方先生、

リンクの許可をしていただいた事、

本当にありがとうございました。





にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ  人気ブログランキングへ    
      ↑          ↑           ↑
皆さんの応援で、また更新しようとがんばれる。ぽちっ
乳がん患者だけど、今は頸椎椎間板ヘルニアと闘う気満々。応援してチョ!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。