リストラ、50代の就活、派遣切り、そして現在パートさん・・・この先どうなるのか?賢い患者になるよ!生きてるだけで丸儲け!!
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From : coo / 2008年 3月 3日 00:13 /
ガーネットさん こんばんは。

yuikaちゃんが言うように、改めて考える機会をくださったことに感謝します。
ここ数日ずっと考えていました。
わたしはまだまだyuikaちゃんのようにしっかりした考え方は持ててません。
いつもジタバタしてます。
ただ、わたしは身近な人を沢山ガンで亡くしていますので、ガンの死はとてもリアルに
いつも傍にあります。
まるで他の死が無いもののように・・・だけど、考えたらホントに突然死や事故死もあるわけ
ですからガンによる死だけが死ではないのですから、もっと大きく死をとらえる必要があるように
思いますが、そこが未熟な所で今はガンによる死のことしか話すことが出来ません。
わたしの母は20年前、卵巣がんで亡くなったのですが、まだまだガンに対して無知だった
わたしたちはただ治ってほしいの一心で、最期をどう過ごさせてあげるかまで考えることも
ありませんでした。
母が死ぬなんてことも想像したくなかった・・・。
だけど結局、母は強い抗癌剤によって血管がボロボロになっていました。
危篤状態になったとき医師の蘇生処置によって胸の血管が破裂して噴水のように血を噴出した
様子が今でも脳裏を離れません。
医師もまだ大丈夫だと思っていたので何故?という思いで必死だったのだと思いますが。。。
どちらにしても母への治療はわたしたちの自己満足というか、驕りだったように深く後悔しました。
それからわたしたち家族は延命処置や最期をどうしたいのか、抗癌剤の使用についてもよく話す
ようになりました。
父は亡くなる1ヶ月前まで妹の店へ手伝いに通い、自宅で好きな蘭の世話をしていました。
わたしたちも父の意見を尊重しました。
医師と何度も話しあって苦しくないようにと胸水を抜くことぐらいしか治療はしませんでした。
伯母も自宅で栄養剤の点滴をするくらいで自宅で最期を迎えました。
従姉が自宅で介護しました。
そしてわたしは、最期は緩和病棟への入院を考えています。
これからは自宅で終末をというのが増えるともいわれていますが、
それには看病する人間の存在、家庭環境が大きな問題となりますから。
身辺の整理は転移したときに済ませました。
あとは少しでも楽しく1日1日を大切にと考えています。
だけど、きっと次へ転移したときはまたジタバタするでしょう。
でも、それでいいと思ってます。
今の環境で精一杯できることをする。
今はそれでいいと思っています。
長くてすみません。思っていることを上手く書くのは難しいですね。^^;
取りとめも無くごめんなさい。
From : ガーネット / 2008年 3月 3日 15:20 /
>cooさん
コメントありがとうございます。

>yuikaちゃんが言うように、改めて考える機会をくださったことに感謝します。
ここ数日ずっと考えていました。

★そんな風に言っていただくと、ここの場で掲載した事は少しは意味があったんだと、
ほっとします。
やっぱり何日間か考えますよね。私もそうでした。
そして、本家本元のブログにコメント入れた事後悔しました。
何故なら気付かなければ悩む事も無かったから。(^_^;)
色んな事を知れば知るほど悩んで、落ち込んでストレスになり、本当に自分で
自分が嫌になる。
で、あるブログで『なんにせよ、熱く生きれば悩みのひとつやふたつ自然と生まれるもので
ございます。生きているからこそ悩む、熱く生きているから悩みも出てくる』と書いてあるのを
読んで、悩んでいいんだと納得しました。

>まるで他の死が無いもののように・・・だけど、考えたらホントに突然死や事故死もあるわけ
ですからガンによる死だけが死ではないのですから・・・・・

★まったく私もそうだったんです。
死イコール癌で亡くなると捉えていました。
だから私自身も自分のブログのコメントにお返事している途中で気付いたのです。
皆さんの意見を聞いて自分の答えも出ました。

>まだまだガンに対して無知だったわたしたちはただ治ってほしいの一心で、
最期をどう過ごさせてあげるかまで考えることもありませんでした。

★全く同じです。兄も16年前の話なので、癌に対しての知識、認識は皆さん同じような
ものだと思います。
余命半年と言われても、大きな病院だったら何か手立てがあるんじゃないかと、
北海道から東京に転院したのです。
亡くなった後、大学病院から『解剖させてくれないか』と言われた時、この選択は間違いだった
と気付きました。

>それからわたしたち家族は延命処置や最期をどうしたいのか、
抗癌剤の使用についてもよく・・・・

★まさにこれなんですね!私達家族に欠けていたのは。
誰一人この事を話題にしませんでした。今でも。
人工呼吸器を外す時も姉に来なくていいと言われ、次に私が対面したのはお通夜の時で
ドライアイスに入った兄でした。
病院からは荼毘に付してと言われましたが、皆に逢わせて上げたいと義兄達が連れ帰って
くれました。

あ~・・・皆さんのお返事を書く度に色んな事が思い出されます。
自分の事では泣かないのですが、兄の事を思い出すと今でも泣けてしまうのです。
こんな思いしないように、家族と話し合います。私も。

cooさんはコメント記事に載せるのはどうでしょうか?
HNは伏せますし、載せて欲しくない文章はカットします。
考えてみていただけませんか?

貴重なお時間を、そしてつらい思いを蘇らせてしまい、申し訳ございませんでした。
本当にコメントありがとうございました。



From : coo / 2008年 3月 3日 20:48 /
ガーネットさんへ

いろいろ考えると思いますし、考えなくてはならない時が確実に来ます。
ある程度の心の準備は必要ですが、その都度ひとつひとつクリアしていけばいいと思います。

>あるブログで『なんにせよ、熱く生きれば悩みのひとつやふたつ自然と生まれるもので
ございます。生きているからこそ悩む、熱く生きているから悩みも出てくる』と書いてあるのを
読んで、悩んでいいんだと納得しました。

ホントにその通りだと思います。
わたしがまだ元気に仕事をしていたころ、大きな壁にぶつかって悩んでいたらある先輩に
言われました。
「頑張って何かをやろうとするから壁が現れる。行動を興している証拠。何もしないでじっとして
いたら壁は出来ないよ。」と。
それ以来、わたしの前に壁が立ち塞がったら、わたしは頑張ってるんだ!と
思うことにしてます。
マイナスでなくプラスに考えるだけで物事が進んでいくことがあります。
わりと簡単に解決することがあります。

ガーネットさんのお兄さんのこと、わたしの母のことにしても、
その経験を通してこうして考える時間と問題点をわたしたちに残してくれていると思うのです。
進行ガンは看病するほうもされる方も大変辛い病気です。
それだけに患者の気持ちを尊重すべきだと考えます。
とても難しい問題で心はいつもいつも揺れます。
人間だもの(^^♪ね。

折角与えられた命ですもの、熱く生きたいですね。(^_-)-☆

記事への掲載のことですが、大丈夫ですよ。
一応誰に読んでもらってもいいと思いながら書いています。
ただ、文章が少し幼稚なのが気になりますが(-_-;)



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皆さんの応援で、また更新しようとがんばれる。ぽちっ

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