リストラ、50代の就活、派遣切り、そして現在パートさん・・・この先どうなるのか?賢い患者になるよ!生きてるだけで丸儲け!!
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考えますm(_ _)mじっくりと…。
2008/11/26(水) 20:33 | URL | 三毛猫 #-[ 編集]


三毛猫さん、あんまり深刻にならないで、ご夫婦でお酒を飲みながらでも
一度は話題にしておくといいかもね。
2008/11/26(水) 23:32 | URL | ガーネット #0ll.HrS2[ 編集]




こんばんは
なんか久しぶりな気が…(^^;あっ、ブログは読んでましたよ。
あれから少しして主人と話しました(サラっと)主人もガーネットさんのブログを
読んでいるので話し易いです(^^)

『痛くなく、苦しくなくでお願いします』と伝えました。
だだね、親、姉妹には話しずらいのです(-.-;)母はそういう話しが苦手で、
たぶんサラっと話しても、暫く落ち込んじゃうタイプ(ノ_・。)。

でも、まぁ旦那と話しが出来ただけでも違うかな~(^^)
2008/12/01(月) 21:46 | URL | 三毛猫 #-[ 編集]



三毛猫さん
コメントありがとうございます。
三毛猫さん、とっても深刻そうだったのでちょっと心配してたんですよ。

三毛猫ダンさんとお話できただけでも十分ですよ。
意思を伝えておけば、家族はパニックに陥ることなく自分たちを責める事なく、
なすべき事を全うできるのだと思います。

でも三毛猫さん、これは何もがん患者だけのお話ではないんですよ。

三毛猫さんも、三毛猫ダンさんがもしもの時どうして欲しいか、サラッと確認して
おいた方がベターですね。(^-^)

だって、交通事故とか、地震等の自然災害とか、いつそんな場面に出くわすか
分からないのだから。

この『人工呼吸器、死の準備』 (←クリックで飛びます) は、生きている人皆が
考える事で、決してがん患者だからではないですからね。
2008/12/01(月) 23:08 | URL | ガーネット #0ll.HrS2[ 編集]




(^з^)Chu!
ご心配おかけして、すみませんでしたm(_ _)m
旦那も同じ意見でした(これも書き忘れましたね…ごめんなさい)。
いつも、ありがとうございます(^з^)Chu!
2008/12/01(月) 23:32 | URL | 三毛猫 #-[ 編集]





最初にガーネットが読んだ記事と入れたコメントです → 『人工呼吸器、死の準備』

ガーネットの入れたコメントと頂いた【回答】です → 『死の準備』


この記事にコメント入れて下さった方の記事は、
カテゴリー別の『人工呼吸器、死の準備』目次、記事、よりお入り下さい。




回答の一部を抜粋して掲載致します。
皆さんがこの先この問題について考える時の参考になればと思います。


家族が考える必要があるのは、患者が元気なら

本人が何を望んだろうかだと思います。

何をしてあげるかではないのです。

この違いがわかるでしょうか?


【がんのチーム医療 2008年2月27日エントリー 死の準備より引用しております】



ここを訪問して下さる皆さん、思いをお聞かせ下さい。
時間が経ってから書き込んで頂いても、チェックしております。

また、【管理者のみ閲覧】になっていないコメントについては、随時記事として
追加していきたいと思っております。



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私も最初のコメント入れた時とは、気持ちに変化が生じました。
たくさんの方のお話を聞く事は、自分の考えに固執しそうな私には良い刺激でした。

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私は告知以来、自分の希望は家族に伝えるようにしています。
死ぬ時は痛くなく死なせて、くらいは。それ以上は、まだ考えてないかな、、、。

いつどうなるかわからないと思うと、言葉で伝えておきたいことがたくさんあります。
ま、思いつきなんですけど、例えば
お蕎麦のかえしを作ったら、食べながら作り方を語る、、、とかですが。(食べ物かい!?)
思いついたらすぐ言っておこう、と焦る気持ちもありますわね。

今まではとにかく、何事からも子供を危険から守りたい気持ちが強く、常に「危ないことはしないで」みたいなことを言ってましたが、今は、やりたいことはやっておきなさい、てなもんですね。
悔いのないように。
でも、スノボに行かれるとやっぱり帰ってくるまですごく心配、、、。


2008/11/27(木) 16:18 | URL | はーにゃ #-[ 編集]



はーにゃさん
コメントありがとうございます。
記事に追加させて頂きますので、ご了承お願い致します。

家庭のある方は、ご自身が病気になった時、やはり家族に色んなお話を
するんでしょうね。

はーにゃさんのお家には医療従事者がいるから、このような話題もし易い
環境があるかも知れませんね。
こういう事って本人から伝えないと、家族からは聞き辛いでしょうね。

2008/11/27(木) 16:40 | URL | ガーネット #0ll.HrS2[ 編集]



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チリも積もれば山となる。ぽちっ (^o^)丿今日も応援あがとうございま~す。


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★記事掲載後、ブログに入ったコメントは指定ない限り皆さん閲覧可能なので、承諾なしに
  記事として掲載させていただきますので、御了承いただけますようお願い致します。


ガーネットさん、ある方が言ってました、
「人間、生まれた瞬間から執行日時のわからない死刑囚」って。
がん患者が必ずガンで亡くなるとは限らないしね。
すでに故人となられた方の乳がんブログで読んだことがあります。
「知人の乳がん患者が、他の病で亡くなり、葬儀に行ってきました。
ガンで亡くなるとは限らないんだなぁ」と。

私の場合、循環器での通院も6年、乳がん治療より長いです。
ガンより こっちの方で、寿命縮めるかもよ。
実家の妹が右乳がん全摘 → 10年で胸膜、背骨の遠隔転移再発
→ 5年後緩和ケアで亡くなる、そんな状態をずーっと見てました。

私は自分の乳がん発見のとき、不思議に
動揺したり泣けたりしなかったですね。
この歳なら、おまけの人生と思えたし、
再発から最後まで妹を見ていたおかげです。

今後、自分の再発の時が来たらどうするか・・・。
正直、治療をするかどうか迷ってる状態ですね。
いったんは治療して、再々発なら・・・とか色々考えます。

これは個人の生活環境、人生観も大きく左右すると思います。

2008.03.07  れんぎょう  URL  編集




れんぎょうさん

確かに今に辿り着くまでの生活環境や体験で、物の考えは変わってくるのでしょうね。
ブログで私が訪問する先々の方は本当に精神が強い!
今まできっといろんな苦難を乗り越えてきたんだろうと想像付きます。

私もれんぎょうさんと同じで兄を見ていたから、今前向きにがんばれる。癌になった時既に兄の年を越えていたので、私はまだ生きられるのだからラッキーと思いました。
妹さん全摘で10年後に胸膜って・・・・。
癌はやっぱり侮れないですね。
う~ん。治療の選択悩みます。

2008.03.07  ガーネット  URL  編集
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★唯一私から記事を読んでとブログにコメントを入れたのがやまぶきさんです。
  ↓
やまぶきさん、偶然ですが私のブログでもどう逝くかについて話しています。
これは私があるブログで出会った記事です。
昨日まで癌患者の立場で記事を読みコメントを書いていました。
でも、自分のブログに入ったコメントを読んで死は別に癌だけじゃなく、突然のアクシデント
でも訪れるんだと目から鱗でした。

時間のある時でも、やまぶきさんにも見て欲しいです。
http://aerochan.blog33.fc2.com/blog-entry-102.html
昨日の記事にコメントが入ってました。
【2008/03/01 Sat】 ガーネット

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

★やまぶきさんは自分のブログに記事としてお返事を書いて下さいました。
   ↓

ガーネットさんへ
ガーネットさんのブログはPCをたち上げるあげると真っ先に訪問していますので紹介して
頂いたサイトも何回も読みました。
コメント入れようと考えましたが文才のなさでなかなか言葉がまとまらず・・。

ここで思っていることをつらつらと書きたいと思います。

昔から我が家は子どもを含めて家族の中で亡くなり方、葬儀について話すことは多いです。
私が「死」の関して特別な思いがあり怖いと思った事がないので普段の家族間の会話に良く
出てくるのではないかなぁ~と思います。

私に関しては・・
延命治療はしない。
手術後のQOLをひどく下げるような手術は命が短くなってもしない。
麻薬でなんでもいいから薬で痛みを取り除いてほしい。

葬儀は家族葬、ただただ簡単に行い無駄に金をかけないこと。
死んだ人にお金を使わないこと(これは常日頃息子に言ってます)

RA患者の平均寿命は女性が69歳。ここ歳まで生きれば充分、またこれ以上生きたくない。

また60になったらエンディングノートに書こうと思います

「自分が癌患者になって一番思うのは痛みの緩和だけはして欲しい」とガーネットさんが書いて
おられますが本当にその通りですね。

普通に生きてころりと死ぬ・・理想ですね
【2008/03/03 Mon】
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From :OOOOOO / 2008年 3月 5日 01:56 /
ガーネットさんへ
はじめまして・・・ですね。
いきなりヘビーな話題にコメントすることになりました。

死について
私もしっかりとした考えを持っているわけでは有りません。
ただ、私は身内の死を普通の人より若いころから経験しています。
最初は父親、小学校4年生でした。
父は私が2年生の頃から入退院を繰り返し、肝臓病で亡くなりました。
次は母親、24才の時でした。
この死については、今だに誰にも語れません。
これについて話せない私はやっぱり、死から目をそらしている証拠でしょうね。
そして主人。34才の時でした。
劇症肝炎でした。
それこそ、お互い死について、何も話していませんでした。
1ヶ月で帰らぬ人となってしまいました。
人工透析の途中で意識がなくなり、心配停止状態が続いたため脳死状態でした。
お医者様からも意識を取り戻す事はまず無いでしょうと言われていました。
人工呼吸器を外す外さないなどという話よりも、
心臓のほうが、先に根を上げて急いで逝ってしまいました。

そして、伯父は意識が戻らないまま5年間の治療の末亡くなっています。
伯父については伯母が、ほとんど一人で病院に毎日毎日通っていました。
お見舞いにいっても無反応の伯父・・・
一時は祖母も看病していました。二人同時に看病していたのでどんなに大変だったでしょう。
結局高齢の祖母の方が早く逝ってしまったのですが。
こんなに身内の死に直面してきた私ですが、死とは向き合うことができません。
もちろん人はいつか死ぬという事はわかっています。
でもそれまでは精一杯生きていたい。
悩み苦しみそれもまた生きている証。
もし、自分が、延命治療を受けることになったら、、、
私なら、断固拒否したい。
生きていて欲しいって思うかもしれないけれど、
自分が、生きているって分からなくなってしまったら
正直私は、生きていたくはありません。
勝手かもしれないけれどそれが素直な気持ちです。
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From : + yuika + / 2008年 3月 4日 08:59 /
再びやってまいりましたぁ(;^_^A 
(cooちゃんでもでも私めっちゃへたれですよんww)
悩みの多い私が言うのもなんですが・・・・w

悩みについて・・・・・ですぅ
生きていれば色々な悩みは出てきます。
それは仕方のないことです。
でもその悩みをいい悩み方をするか悪い悩み方をするかは本人次第です。
頭の中でグチグチと同じ思いをめぐらせること。
痛む歯をいじればもっと痛くなることを分かっていながら
しつこくいじるようなそんな悩み方。
そしてそんなことをしている自分に対して自分はなんて愚かなことをしているんだろうと
自覚しながらやめられない。
そんな自分が嫌になってくる。
こうなってくると悩みの対象が悩みそのものから不毛な悩みをしている自分自身に移ってくる。
こんな悩む自分に悩む袋小路のような悩み方は悪い悩み方だと思います。
そして悩みの多くは自分が作り出しているということも分かっているとまた悩み方も違ってきます。
(以前私のブログにも書きましたが・・・)
例えば足を洗った鍋をキレイに洗ったとして、その鍋でご飯を作り食べることが出来るかと
いったとき、心の中に「きたない」っていう気持ちがありませんか・・
キレイに洗い、消毒もしたとしてもやはり足を洗った鍋だと思うと
気持ちよくたべれるものではありません。
でもだれもが思うことで、人間はそうしたものなのです。
しかし、本当はその鍋そのものは汚くはなく、
洗えばきれいなはずで、そのきれいな鍋を汚くしているのは、
人間の心なのです。
つまり、本来をいえば「キレイ」「汚い」を超越している
ただの鍋を、人の心がときには「きれい」にし、
ときには「汚く」しているのです。
すべては心のはたらきによって作られたものであるということなのです。
悩みも見方を変えると変わってきますよん!
せめて悩まなくていい悩みがなくなるようにできるといいなぁと思います(^^)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


From : ガーネット / 2008年 3月 5日 01:55 /
>cooさん
>yuikaさん

ありがとうございます。
ごめんなさい。また飛んじゃいました。
そんなに長文じゃなかったのに。

悩んだ事もありましたが、皆さんがコメントいれて下さったので、今は良い方に考えています。
私はここにあまり参加してないので、こんなに皆さんに励ましていただいて、
申し訳ない気持ちです。
これからも宜しくお願い致します。
飛ばない内に送信します。
て、いうか送信すると初期画面になるんですよね~。
やっぱり相談しよう!おやすみなさい。
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From : coo / 2008年 3月 3日 00:13 /
ガーネットさん こんばんは。

yuikaちゃんが言うように、改めて考える機会をくださったことに感謝します。
ここ数日ずっと考えていました。
わたしはまだまだyuikaちゃんのようにしっかりした考え方は持ててません。
いつもジタバタしてます。
ただ、わたしは身近な人を沢山ガンで亡くしていますので、ガンの死はとてもリアルに
いつも傍にあります。
まるで他の死が無いもののように・・・だけど、考えたらホントに突然死や事故死もあるわけ
ですからガンによる死だけが死ではないのですから、もっと大きく死をとらえる必要があるように
思いますが、そこが未熟な所で今はガンによる死のことしか話すことが出来ません。
わたしの母は20年前、卵巣がんで亡くなったのですが、まだまだガンに対して無知だった
わたしたちはただ治ってほしいの一心で、最期をどう過ごさせてあげるかまで考えることも
ありませんでした。
母が死ぬなんてことも想像したくなかった・・・。
だけど結局、母は強い抗癌剤によって血管がボロボロになっていました。
危篤状態になったとき医師の蘇生処置によって胸の血管が破裂して噴水のように血を噴出した
様子が今でも脳裏を離れません。
医師もまだ大丈夫だと思っていたので何故?という思いで必死だったのだと思いますが。。。
どちらにしても母への治療はわたしたちの自己満足というか、驕りだったように深く後悔しました。
それからわたしたち家族は延命処置や最期をどうしたいのか、抗癌剤の使用についてもよく話す
ようになりました。
父は亡くなる1ヶ月前まで妹の店へ手伝いに通い、自宅で好きな蘭の世話をしていました。
わたしたちも父の意見を尊重しました。
医師と何度も話しあって苦しくないようにと胸水を抜くことぐらいしか治療はしませんでした。
伯母も自宅で栄養剤の点滴をするくらいで自宅で最期を迎えました。
従姉が自宅で介護しました。
そしてわたしは、最期は緩和病棟への入院を考えています。
これからは自宅で終末をというのが増えるともいわれていますが、
それには看病する人間の存在、家庭環境が大きな問題となりますから。
身辺の整理は転移したときに済ませました。
あとは少しでも楽しく1日1日を大切にと考えています。
だけど、きっと次へ転移したときはまたジタバタするでしょう。
でも、それでいいと思ってます。
今の環境で精一杯できることをする。
今はそれでいいと思っています。
長くてすみません。思っていることを上手く書くのは難しいですね。^^;
取りとめも無くごめんなさい。
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★今のところ唯一ブログに入っていたコメントです。
★該当記事の上の記事にコメント入ってました。彼女はいつもブログにコメント入れてくれます。



↓の記事、読みました。人工呼吸器、祖父のことを思い出しました。喉を詰まらせて、
15分近く呼吸が止まっていたのに、救急隊員の処置で息を吹き返した時に、脳の細胞がダメに
なったんです。
(そのまま亡くなるのも辛いけれど、脳死になってまで処置する必要あるのでしょうか?)
その後、人工呼吸器をつけないと死んでしまうといわれ、一度つけたら外せない
(殺すことになる)といわれ、家族で大変悩みましたが、さっき元気だったのに、
死なす事が出来ず、つける選択をしました。その後2週間、祖父はとても苦しそうで・・・
結局2週間後に亡くなりました。
その時、母と、自分がそうなったらお互いつけんとこうね。って言い合ったんですが、
その時お互い、つけない選択できるかなぁ。。。
2008.03.01  ちゃちゃ 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

>↓の記事、読みました。人工呼吸器、祖父のことを思い出しました。

コメントありがとうございます。
テーマがね難しくて、私も本家本元のブログにはすぐコメント入れられませんでした。
でもとっても気になる記事で、どうしても目がそこで留ったんですね。
それで今の気持ちをと思った訳です。
私は兄の経緯でしたが、もし私が末期がんの告知を30代半ばで受け余命半年と言われて、
自分の死を冷静に見れるかと考えたら、答えが出ませんでした。

私は告知~入院の決定まで全て一人で医師と話しました。
告知の日はまず転移の確認、それが無いと知った時は、『今すぐ死ぬ事は無いんだ』と
思いました。
ただただ手遅れじゃ無かった、少なくても半年後に死ぬなんて事はないんだ!この先まだ
時間があると思えたから、その先も冷静に対処できたのだと思います。
同じ癌患者であっても私は兄の場合と違うんですね。
だから兄と同じ状況で今の自分と同じ考えができたかと言ったら、自信ありません。

きっと自暴自棄になり、何も手に付かずどうでもいい、どうせ死ぬんだと思ったかも。
少しでも先が見えてる状態であれば冷静に考える時間もあるでしょうけどね。
ただ、今の私は人工呼吸器はつけないでしょうね。
痛みのコントロールが出来なくなったら、意識混濁してきたら自然に眠るように旅立てたら・・・・
漠然とそう思っています。
今度家族と話す機会があったら自分の思いを伝えておこうと思います。
いつどんな形で意識のない事態になるかわかりませんからね。
やっぱり自分の中で思ってるだけじゃなく、家族に伝えておかなくてはいけないですね。
ちゃちゃさん、今答えが出た。ありがとう!
こうしてお返事書いてる今、答えが出ました。

★もう一つの場でも2名の方からコメントいただいてます。
昨日お返事書いてたのに・・・・。
あのテーマでのお返事です。誠心誠意書いたのに2度も飛ぶなんて、めげました。
3度目は短めにお詫びを入れ、今日またお返事する事にします。
2008.03.01  ガーネット 
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From : OOOOOO / 2008年 2月 28日 18:42 /
がんがわかり、手術に向けて検査でバタバタしているときに
自分なりに「死」について考え、どうしてほしいかPCに
残して入院しました。折を見ては、手を加えていく必要が
あると感じています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

From : ガーネット / 2008年 3月 1日 14:33 /
>OOOOOOさん


>自分なりに「死」について考え、どうしてほしいかPCに

★その時点でそこまで考えていたのですね。
私は告知までは死は考えた事もなかったです。
とにかく仕事をこなして、入院できる状態に持って行く事で精一杯で、病気の事を
考える事もあまりなかったんです。

ただ、告知の時今のところ再発、転移は無いと聞いて、半年後に死ぬ事はないんだ
と思ったのでした。
そして先生に「命があるなら後の治療は先生に任せます」と言いました。
私にとってはそれ程、末期で30代半ばで余命半年と宣告された兄の事が頭にあったのです。
転移してたら半年、一年の命と思っていました。
(この時点でまだ私は乳がん関連の本さえも読んでいませんでした)

その後は全く癌での死を考える事無くのほほんとしていたのでした。
三人のコメントをいただいた方は皆さんきちんと死についてお話、または自分の意思を
決定出来ていた事に、如何に自分が死と向き合っていないか、死の準備ができていなかった
かと痛感しました。


OOOOOOさんより、下記のメッセージが入りました。

差出人:OOOOOO
日 時: 2008-03-02 14:52
件 名:補足説明


記事に転載されるときに、よかったら以下をつけ加えていただけませんか?

日常生活では意識したことがなかった「死」が自分にもいつか訪れることになるのだと、
がんは教えてくれました。
今また忙しい日常に戻りましたが、発覚以来、「死」は常に頭の片隅にあり、
自分がどう向かっていくのか考えるようになりました。
人々がつらい別れに涙しなくてもいいように、日進月歩の医学に希望を托し、
その日まで、私も精一杯生きていこうと思います。



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From : + yuika + / 2008年 2月 28日 15:20 /
ガーネットさん (*´∀`*)コンニチワ~♪
こちらに書かせて頂きますね(^^)
ブログ「癌のチーム医療」&ガーネットさんのコメント読ませて頂きました。
私個人の死に対する考え方ですので・・・
基本的に私はこの世に誕生したと同時に「死」というものが誰にでも命あるものすべてに
同じようについてくると思っています。
そしてそれは避けようのないものと理解しています。
自分の大切な人には死など訪れて欲しくないと思うのは当然かも知れませんが、
どうしようもないことでもあります。
そして死に対する気持も「死」に直面した本人と周りの気持が同じかと言えば
それはどうかはわかりません。
ですので私は自分以外の周りの人たちが困らないようにやはり生きている間に自分の死に
対する考え方、どうして欲しいかは明確にしておくことはしておきたいと思います。
人口呼吸器を付けた状態を「死」であるかないかはそれぞれのお気持ちや考えがあると思い
ますが、私がもしその状態になったとしたら、自分自身に対しては「死」であると思っております。

私事ですが、父は1年9ヶ月ほど前に肝臓癌になり治療を拒否し家族も本人の意思を尊重し、
5ヶ月間痛みを取ることだけの治療の末、亡くなりました。
ほんの10日ほど前には母を心筋梗塞により突然、亡くしました。
父母の場合本人にとって父は納得済みの「死」で母は納得できずの「死」であるということに
なるのかもしれませんが、本人にとっては果たしてそうであったとは簡単に言えないと私は
思います。
今となっては本人の気持も本当ところは知る由もないことで、それが現実です。
死んだ人がどうしたいと思っていたのかは「分からない。」それが答えです。
ですのでここ最近わが家では子供達(小5、中3)と母(子供達にとっては祖母だねぇ)の死に
みんなで改めて「死」ということについて話し合っています。
「死」は特別のことではないということ、
(でも軽視せず)
誰にもいつかは訪れるものであるということ、
そして、(残った人のためにも)自分は「その時」どうしたいのかを・・・。
「諦めの死」ではなく「前向きな死」として・・・
その上で命ある限り精一杯生きることができればいいと思っています。